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東京高等裁判所 平成7年(ネ)4320号 判決

控訴人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

桜井健夫

被控訴人

野村証券株式会社

右代表者代表取締役

氏家純一

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人に対し、金一億円及びこれに対する平成五年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一億円及びこれに対する平成四年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  本件事案の概要は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目表一〇行目の「賠償請求」を「賠償」と改める。

二  同一一行目の末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

「控訴人は、右ワテント取引によって、一億一四二一万一〇六八円の利益を得たが、三億一四五四万五四九八円の損失を被り、差引二億〇〇三三万四四三〇円の損害を被ったと主張し、本訴において、右損害及び弁護士費用二〇〇〇万円の合計額である二億二〇三三万四四三〇円のうち一億円並びにこれに対する請求の後である平成四年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとしている。」

三  同三枚目表八行目の「原告主張のワラント取引(以下「本件ワラント取引」という。)」を「本件ワラント取引」と、同裏五行目の「債務不履行(主位的)もしくは不法行為(予備的)の」を「債務不履行又は不法行為に基づく(選択的併合)」と、それぞれ改める。

四  同一一行目の末尾の次に、行を改めて次のとおり加える。

「4 本件ワラント取引は、過当取引として違法であるかどうか。

(控訴人の主張)

本件ワラント取引は、その銘柄も量も時機もすべて山添が判断して決定していたのであり、証券の性質を誤解させられた上価格を知る方法すら持たない控訴人は、あたかも機械のように、山添に操られる存在であり、控訴人の口座は山添に支配されていた。そして、山添は、多数回にわたり、控訴人にとっては無意味な取引を頻繁に繰り返していたのであり、特に、昭和六三年と平成元年のワラント取引の回数はそれぞれ年間二〇〇回前後に及んでいる。しかも、山添がとった方針は、資金をほとんど全額ワラントに投入した上、利益がでないものは売却しないで保持し、利益が少し出たものは売却してその全額で別のワラントを購入するということを繰り返すというものであり、これは、必然的に投資金を失う投資方針であって、勧誘してこの投資方針で導くことは違法である。したがって、仮に山添の控訴人に対する悪意といえるものがないとしても、このような不合理な誤った投資方針を勧めたことは、山添自身のワラントに対する無理解を示すものであり、専門家である山添に過失があることは明白であって、不法行為となる。

5 信義則上の配慮義務に違反して違法であるかどうか。

(控訴人の主張)

証券会社やその使用人は、顧客である一般投資家に投資勧誘をするに当たっては、当該証券取引の利益と危険に関し自主的な判断を誤らせないように配慮すべき立場にあり、新たな投資商品の勧誘を一般投資家にするに当たっては、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験及び投資の意向ないし目的に照らして、投資家の証券取引に関する判断を誤らせ、投資家に対し、予測できないような過大な危険を負担させる結果を生じさせ、投資目的を失わせることのないように配慮すべき義務がある。

したがって、証券会社やその使用人がこれに違反して社会的に相当とされる範囲を逸脱した手段、方法により投資勧誘をし、あるいは投資目的を失わせるような不相当な危険性についての情報を提供する配慮をせずに投資勧誘をしたため、投資家が損害を被ったときは、不法行為責任を免れないというべきである。

山添は、控訴人の投資目的と異なり、控訴人が預けた株券等をほとんどワラントに誘導し、最終的に預けた資産全部を失うおそれのある賭博的な取引に導いたのであり、これについては、前記義務に違反し、控訴人の預け資産を次々とワラントに誘導してほとんどをワラントにしてしまうという、控訴人にとって過大な危険を負担させた違法がある。」

第三  当裁判所の判断

一  争点1(取引当事者は誰か)についての判断は、原判決の「事実及び理由」欄の第三の一(原判決四枚目表二行目から同裏七行目まで)に記載のとおり(但し、原判決四枚目裏三行目の「本件ワラント」を「本件ワラント取引」と、同五行目の「本件取引」を「本件ワラント取引」と、それぞれ改める。)であるから、これを引用する。

二  争点2(証券投資助言契約の成立の有無)についての判断は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第三の二(原判決四枚目裏九行目から同五枚目表八行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表一行目の末尾に「そして、甲第一七、第三二、第三八号証、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中には、右主張に副う部分もあるが、右主張に副う書面は何ら作成されていないうえに、乙第二二号証、原審及び当審証人山添孝雄の証言に照らしても、直ちに措信しがたく、他に右控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。」を加える。

2  同三行目の「証券取引」を「証券取引を行うことができること」と改める。

3  同四行目の「あったとしても」から同五行目の「とどまるものであって」までを、「あったといえるし、その際に、投資相談に応ずるかのような話があったとも考えられるが、仮にそうであったとしても、それは通常、顧客に証券取引を勧誘する際に種々の情報を提供するサービスを指すものというべきものであり、それ以上の義務を負うことを予想しているとは考えがたいものである。したがって」と改める。

三  争点3(ワラント取引における被控訴人の債務不履行ないし不法行為の成否)について

1  本件ワラント取引の経緯等について

(一) 先に引用した原判決説示の争いのない事実(原判決の「事実及び理由」の第二の一の事実)、証拠(甲第一七、第三二、第三八、第四〇号証(いずれも一部)、第四九号証、乙第一ないし第三、第七、第九ないし第一二号証、第一三、第一四号証の各一ないし一四、第一九号証の一ないし六五、第二〇号証の一ないし五七、第二二号証(一部)、第二九、第三〇号証、証人山添孝雄(原審及び当審、一部)、控訴人本人(原審及び当審、一部))及び弁論の全趣旨によれば、本件ワラント取引の経緯等について、次の事実を認めることができ、乙第二二号証並びに原審及び当審における証人山添孝雄の証言(以下「証人山添の供述」と総称する。)、甲第一七、第三二、第三八、第四〇号証並びに原審及び当審における控訴人本人尋問の結果(以下「控訴人の供述」と総称する。)中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 控訴人は、昭和九年九月一三日生まれの主婦であり、今までに会社勤めをした経験はない。大学を卒業しているが、専攻は英文学である。従来、家計の中から貯蓄をするにしても、郵便局の定額貯金、信託銀行のビッグ、簡易保険等で運用していたに過ぎず、控訴人の父が控訴人のために購入した株式(控訴人の父は資産を優良株の形で持つことに積極的であった。)を、昭和六〇年頃譲り受けた際にも、これを銀行の貸金庫に保管していた。

(2) 昭和六一年初め、被控訴人の「本店投資相談室」から控訴人宛にダイレクトメールが届いたことから、控訴人は、被控訴人と取引をするようになったが、控訴人の担当者となった山添は、自分は定年まで投資相談室にいる、投資相談室ではノルマがないので、純粋にお客さんの利益を考えて、財産運用をさせてもらうと説明したので、控訴人は、安全でなるべく利回りのよいもので運用したいと希望を伝えた。

当時、控訴人とその夫が有していた運用可能な資産は、控訴人の父親から控訴人が贈与を受けた株式三億円弱、夫の給与を蓄えた預金約四五〇〇万円、夫の退職金約三五〇〇万円であった。

(3) 控訴人と被控訴人との間の取引は、当初、控訴人が注文した抵当証券の購入から始まり、その後は山添に勧められるままに、転換社債、株式の取引を続けていった。その間に、最初は、控訴人の夫のA名義で、昭和六一年六月には控訴人名義で、同年七月には長男のB名義で取引口座を開設した。

(4) 昭和六二年七月、山添は、電話で、控訴人に「パスコのワラントがありますから入れときます。株よりも効率よく儲かります。」とワラントを勧めた。このとき、山添は、ワラントは新株引受権付社債であり、新株引受権の権利を売買するものであること、株式に比べて変動幅が相当大きく、ハイリスク・ハイリターンの商品であるなどと簡単に説明したが、控訴人としてはワラントは初めて聞く証券であり、その特質としては、株価が少し上がれば株より大きな利益が得られるということ位しか理解できなかった。また、その時、権利行使の期限があるとか、期限がくれば価値がなくなるという説明はなかった。控訴人としては、山添に、当初から安全で有利なもので運用したいという希望を伝えていたので、それに合うものであろうと山添を信用して、これを購入したが(右の山添からの電話で、直ちに購入する旨の返事をした。)、ワラントを漫然と転換社債の一種のようなものだろうと理解していた。

(5) 山添は、その後、原判決別紙ワラント売買一覧表記載のとおり、本件ワラント取引をすべて電話で控訴人に勧め、控訴人は、山添に勧められるままに、二〇〇回を越えるワラントの売買(ワラントの売りと買いを合わせて一回とする。)を、A名義又はB名義で行った。これらのワラントは、いずれも外貨建てのものである。ワラントを購入した最終日は平成三年七月二九日であり、売却した最終日は、平成五年四月一四日である。その結果、売却しないで権利が失効したワラント(最終的には平成七年六月一六日、すべてのワラントの権利が失効した。原判決別紙ワラント売買一覧表には、平成五年六月二日以降に権利消滅したワラントについての損失の額の記載がないが、これに該当するワラントは、右一覧表の番号四一〇、四一一、四一九、四三四及び四三八であって、損失の額の合計は二四九七万六二八九円である。)の購入代金も含めて、二億〇〇三三万四四三〇円の損失を被った。A名義又は、B名義の口座には、Aの資金も一部入っていたが、その後、その資金に相当する額以上の資金を現金化したり、株式の形で引き出し、ワラントを購入するために資金が足りない時は控訴人名義の口座から補っていたから、右損失はすべて控訴人の損失ということができる。

(6) 山添は、購入したワラントの多くを比較的短期間で売却することを勧め、控訴人もこの勧めに従っていたが、購入したがしばらく売却しないままとなっているワラントについては、控訴人に、「確かに今売れば損が出るが、必ず元に戻るから心配ありません。責任をもって売り時を知らせます。」と説明していた。また、控訴人が、購入したままになっているワラントの値段を尋ねると「値段を問い合わせると売らなければならない。売り時は私が知らせるから控訴人は心配しなくてもよい。」といわれた。そのため、控訴人は、ワラントの売買については、山添の判断に任せることにした(売却時機を適切に選択できるだけの資料を控訴人において持ち合せてもいなかった。)。損をして売却したこともあるが、これは、「このまま持ち続けて元に戻るのを待つよりも、ここで多少損して売却してもその売却代金をこれこれの対象(特定の銘柄)に投資した方が利益になる。」と勧められたためである。このように、控訴人は、山添から購入するワラントについて詳しい情報を聞かないままに、同人の勧めに従って、ワラントの売買を繰り返し、自己の判断でワラントの購入ないし売却を決めたことはなかった。山添は、控訴人が保有していた株式等を資金として、昭和六三年以降、多量のワラントを購入し、ワラントを売却した場合にも売却代金のほとんどを新たなワラントの購入資金とし、その一方で価格が大きく値下がりしたワラントは保有し続けたため、控訴人のワラント保有高は一気に増加した。しかしながら、平成二年から三年にかけては思うようにワラントが処分できず、結局多くのワラントが権利行使期間経過により失効して、前記のような多額の損失を生じることになった。

(7) 平成二年五月頃になると、山添からの電話が少なくなってきたので、控訴人が山添に電話で尋ねると、「心配はいらない。必ず元に戻るから、売り時は連絡する。」といわれた。平成三年四月、山添から電話で、「クレディセゾンと安田火災のワラントの期限が一年後に来るので困った。」という話があり、いずれ元に戻るから安心して待つようにいわれていたことと違うので確認すると、「全部は戻らないが半分は戻る」といわれた。そのため、必ずしも元には戻らないことは分かったが、半分までは戻るとの山添の説明を信じたため、権利行使の期限がくると価値がなくなるものだとはその時も分からなかった。そして、平成四年四月に至り、新聞のワラントに関する記事で、ワラントの危険性が指摘され、権利行使の期限についても言及されていたことから、控訴人において更に調べて、権利行使の期限がくると価値がなくなることをようやく理解した。

(8) 昭和六二年七月に控訴人が本件ワラント取引を開始した当時から、控訴人がワラントを購入すると、数日後に、取引報告書が被控訴人から控訴人に郵送されてきたが、その際には、ワラント取引の仕組みを説明した「ご案内」と題する書面(乙第一〇号証、以下「本件ワラント取引案内」という。)が同封されていた。それには、ワラントの意味、価格、行使期間、その仕組みについて簡略に説明がされ、権利行使をせずに行使期間満了となれば、新株引受権利がなくなるから、価値がなくなること、また、場合によっては投資金額全額を失うこともあることが記されていた。また、被控訴人は、昭和六二年に、ワラントの特長と仕組みについて記載した「ワラント取引説明書」(乙第一一・第一二号証、以下「本件取引説明書」という。)を作成していたので、同年九月と昭和六三年五月に、被控訴人から、控訴人に対し、右説明書が郵送された。そして、控訴人は、山添にいわれるままに、「ワラント取引に関する説明書の内容を確認し、私の判断と責任においてワラント取引を行います。」と記載された「ワラント取引に関する確認書」(乙第七、第九号証)にA及びB名義で署名して被控訴人に返送した。しかし、その際に、山添から改めてワラントについての詳しい説明はなく、控訴人は、その書面をいずれもよく読まなかった。

また、平成二年三月頃から、控訴人が保有するワラントの時価評価額の通知が来るようになった。その内容は、控訴人の保有するワラントの時価評価額が下落し、多額の評価損が生じているというものであったので、控訴人が山添に問い合わせると、同人から「元に戻るから心配いらない。そんなものを見て一喜一憂することはないから、そんなものを見ても忘れて待っていなさい。売り時は必ず連絡するから。」といわれたので、それ以降は、この通知書をあまり気にしないことにした。なお、右時価評価額の通知書の裏には、本件ワラント取引案内とほぼ同内容の案内(乙第二九号証)が記載されていたが、控訴人としては特にこれに気がつかなかった。

(二) 被控訴人は、本件ワラント取引の経緯等について、山添は、控訴人から、証券取引を始める際に、安全でなるべく利回りのよいもので運用したいという要望は聞かなかったこと、山添が控訴人に対し、昭和六二年一二月頃、ワラントについて十分説明をしていること、ワラントの価格は元に戻るとは説明していないことなど右認定とは異なる主張をし、証人山添孝雄も、これに副う供述をしているが、次のとおり、同証人の供述は措信できず、他に被控訴人の右主張を認めるに足りる証拠もないから、右主張は採用できない。

(1) 山添は、「控訴人が、被控訴人と証券取引を始める際に、控訴人から、安全でなるべく利回りのよいもので運用したいという要望はなかった」と供述するが、前記認定のとおり、控訴人は当時証券取引についてほとんど経験がなかったのであり、資金的に余裕があるとはいえ、積極的に価格動向を調べて自ら取引を行おうとする意欲があるというわけでもなく、その後の証券取引ももっぱら山添の勧めるままに取引をしているのであるから、利益よりも、安全性を一層重視して、長期的かつ安全的な取引を考え、前記(一)(2)のような希望を控訴人が述べたことは充分考えられ、控訴人の供述に照らしても、山添の右供述は採用できない。

(2) 山添は、「昭和六二年一二月(遅くとも一六日よりも前に)、控訴人宅に出向いて、直接ワラントの意味、その仕組みについて、特に行使価格、行使期限、価格変動の大きさ、ハイリスク・ハイリターンの商品であること、行使期間が過ぎた場合、価値がなくなることなどを説明した」と証言するが、これを裏付ける資料は何ら存しないうえ、甲第二〇号証(この控訴人の日記によれば、控訴人は、昭和六二年一二月八日から一八日まではかなりひどい風邪をひいており、また、この頃父親の扶養の件で兄との間でもめていたことが明らかである。)、控訴人本人の供述に照らして、にわかに措信しがたい。

(3) また、山添は、「控訴人に、ワラントの価格が下がっても、元に戻るということは、分からないから述べていない」と証言する。確かに、将来ワラントの価格が上昇するかどうかを同人が確定的に述べることは不可能ではあるが、株式と同じ程度の確度で価格が戻る可能性があるという趣旨で、山添が控訴人にこのように述べた可能性はあり得るところ、前記認定事実によって認められる控訴人のワラントに対する対応及び控訴人の供述に照らして、前記認定のとおり山添が述べたと認めることができ、これに反する山添の前記供述は採用できない。

2  ワラントないしワラント取引の特質について

証拠(甲第二、第四、第一一、第二四号証、第二九号証の一、二、第三四、第三六、第三九、第四五、第五〇号証、乙第一〇ないし第一二号証)によれば、ワラントの仕組みないしワラント取引の特質について、次の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(一) 新株引受権付社債(ワラント債)とは、社債発行後、所定の期間内に所定の価格で所定数量の発行会社の新株を引き受けることができる権利(新株引受権)が付与された社債をいう。新株引受権付社債には、一枚の社債券に社債権と新株引受権とを表章し、これらを別々に譲渡することのできない非分離型と、社債権と新株引受権とを別々にして社債券と新株引受権証券とに表章し、これらを別々に譲渡することを認める分離型の二つの類型がある。後者の新株引受権付社債の新株引受権部分を表章する新株引受権証券がワラント証券と呼ばれる。

(二) したがって、ワラントは、一定期間内(行使期間)に一定の価格(行使価格)で一定量の新株を引き受けることのできる権利を表章する証券である。これは引渡株式が新株であることを除けばコールオプションと同じ性質のものである。ワラントの価格は引受価格と株価の差額部分(パリティ)と一定期間内は株価が変動しても一定価格で取得できることに起因する部分(プレミアム、時間価値)に分かれる。パリティはワラントの理論価格であり、プレミアムとは、市場のワラント価格の割高か割安を示す指標で、パリティとの差である。これは、株価期待の程度、残存行使期間の長短、株価変動率の大小などの要因で発生する。そして、満期日までの期間が短くなるにつれてその価格は減少することになり、最終的にはゼロになる。他の条件が一定ならば満期日が近づけば近づくほど価値が減少していく。また、株価の分散(株価の変動の大きさ)が大きければ大きいほど価格は高くなる。

(三) ワラントの価格は、理論上は、株価に連動して変動し、しかも、株式の数倍の速さで動くことが特徴とされている。値上がりも値下がりも株式の数倍の速さで動くことになる。そのために一般的にはハイリスク・ハイリターンの商品であるといわれているが、ワラントの価格にはプレミアム部分があるため、株価が値上がりすれば、必ずワラント価格も値上がりするとは限らない。プレミアムは、銘柄の人気や将来の株価の値上がり期待などに左右されるため、将来のワラント価格の予測をより困難なものにしている。そして、ワラントの価格変動は原株よりも激しいものとなり、また、満期日を超えるとそれは単なる紙切れになる。しかも、ワラントの発行会社の株価がワラントの権利行使価格を下回っているときは、取引されにくく、権利行使の残存期間が短くなるに従い、その間の株価上昇期待分が少なくなり、その分評価が下がり、より売却しにくくなる。権利行使期間が二年を切り、特に株価が行使価格を下回っている銘柄は取引される可能性が大きく低下する傾向があり、売却が困難になってくる。

(四) これに加えて、ワラントのほとんどが海外で発行された外貨建てのものであるため、為替変動のリスクが加わる。更に、外貨建てワラントは取引所に上場されず、店頭市場で相対取引で取引がされる。そのような店頭市場での価格形成は不透明なものとなり時には値がつかないことさえあるが、特にワラントの店頭市場は、平成元年五月一日までは取引価格の開示もされておらず、それが整備されるのは平成二年七月になってからである。すなわち、日本証券業協会は、ワラント取引の透明性、公平性を確保するため、同月一八日に「外国新株引受権証券の売買、気配の発表等について」(理事会決議)の制定を行い、これによって、外貨建てワラントの流通市場が一応整備された。

(五) このように、ワラント取引は、株式の現物取引を行う場合に比べて、より少ない金額で多くの利益を得る可能性がある一方で、価格の変動が激しく、場合によってはほとんど価値がなくなることもある点で、ハイリスク・ハイリターンの商品といえる上、一般の個人投資家にとって、その価格変動を予測することは株式のそれに比べてかなりの困難を伴い、しかも権利行使期間があるため、時機を失すると投資資金の全額を失う可能性もあり、高いリスクを伴う投機的な色彩の強い金融商品といえる。

3  本件ワラント取引勧誘の違法性について

(一) 一般に、証券取引において、市場価格の変動を確実に予測することは不可能であるから、証券会社ないしその使用人から提供される情報ないし利益や危険についての判断も将来の経済情勢等の不確定な要素を含む将来の見通しにとどまるものといえる。したがって、投資家としては、証券会社ないしその使用人から提供された情報や判断がもつ不確実性を前提として、基本的には、自らの責任で、当該取引による利益や危険性について判断し、その責任において取引を行うか否かを決すべきものである。

しかしながら、その一方で、証券会社は、法律に基づき証券業を営むことを許され、証券取引に関する専門家として豊富な知識、経験、情報を有する者であり、投資家もその点に信頼を置くものであるから、証券会社及びその使用人は、投資家に対し、証券取引を勧誘するに際しては、当該証券取引による利益や危険性に関する的確な情報を提供し、投資家がその責任において当該証券取引をするかどうかを決する際に、誤った情報、理解に基づいて判断をしないように配慮すべき立場にあるというべきである。

したがって、証券会社及びその使用人は、投資家に対し、証券取引の勧誘をするに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該証券取引による利益や危険性に関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて当該証券取引を行うか否かを決することができるように十分説明する信義則上の義務を負うものというべきであり、証券会社及びその使用人が、右義務に違反して取引勧誘を行ったために投資家が損害を被ったときは、不法行為を構成し、右損害を賠償する責任があるというべきである。

そして、右説明義務の具体的な内容及びその義務違反の有無は、前記のような投資家の事情と当該証券取引の内容等に照らして、事案ごとに具体的に検討されるべきものである。

(二) そこで、本件ワラント取引において、右に述べたような説明義務違反があったかどうかについて検討する。

(1) 控訴人は、前記認定のとおり、昭和九年九月一三日生まれの主婦であり、今まで会社勤めをした経験はない。従前、株取引の経験もなく、被控訴人と取引を開始したのも、父から譲られた株式等を資金にして、安定的に資産の運用を図ろうとする意図からであった。そのために、山添にも、取引の開始に際して、安全であるべく利回りのよいもので運用したいという希望を述べていた。

(2) 被控訴人と取引を開始した後も、控訴人は、山添の勧めるままに、転換社債、株式を購入していったが、それについて特に自ら価格の動向等を調査検討した形跡はなく、専ら山添の判断に依存して取引を行っていた。

このように、控訴人は、本件ワラント取引のような投機的な商品を扱うには必ずしも適切な知識、経歴等を有しているとはいえないのであるから、証券会社ないしその使用人が控訴人に外貨建てワラントを取引を勧めるについては、前記のようなワラントの特徴及び控訴人の投資経験等を考慮して、控訴人がワラントの危険性について的確な認識を持ち、控訴人がその正しい理解に基づいて、ワラント取引を行うかどうかを決することができるようにするために、ワラントの意義、権利行使価格と権利行使期間の意味(特に、権利行使期間を経過してしまうとワラントは経済的に全くの無価値になってしまうこと)、価格形成の仕組み(特に、ワラントの価格変動の大きさと価格変動予測の困難性という特質)、取引形態(証券会社との相対取引によるものであること)などについて、最悪の場合にはどのような事態になるかも含めてその内容を分かりやすく、明確かつ詳細に説明する義務があるというべきである。

(3) ころで、証人山添の供述によれば、同人は、控訴人の従前の経歴、投資経験、投資目的等はほとんど確認しておらず、被控訴人において、女性にワラント取引を勧めることは自粛されていたのに、ある程度の資産のある女性については問題ないと考えて、控訴人にワラントの取引を勧めたこと、勧めた理由としては、ワラント取引は株取引等に比べて手っ取り早く儲かるものであり、少なくとも平成元年当時まではワラント取引がそれほど危険性のあるものとは思っていなかったためであることが認められる。このような山添の控訴人に対する態度、方針のもとでは、ワラント取引の仕組み、特長等を説明するに際して、それが控訴人の投資目的、投資経験等に適するかどうかについての配慮が不十分とならざるを得ず、また、ワラント取引の危険性についてどの程度明確かつ具体的に説明したかも疑問といわざるを得ない。そして、実際にも、山添は、前記認定のとおり、ワラントが、ハイリスク・ハイリターンの商品であることは簡略に説明したものの、それ以上に詳しい説明を怠ったために、控訴人においては、ワラントを転換社債のようなものであると誤解し、結局ワラント取引の危険性について、十分理解することなく本件ワラント取引を行ったものと認められる。

(4)  以上によれば、被控訴人の使用人である山添は、控訴人に対し、本件ワラント取引を勧誘するに際して、控訴人の従前の経歴、投資経験等と本件ワラント取引の複雑性、危険性等に照らして、控訴人が、本件ワラント取引による利益や危険性に関する的確な認識のもとに、本件ワラント取引をその自主的な判断に基づいて決することができるように、分かりやすく、明確かつ具体的な説明を行うべき信義則上の義務に違反して本件ワラント取引の勧誘を行ったものであって、違法といわざるを得ず、被控訴人は、右違法な勧誘により本件ワラント取引を行い、その結果損害を被った被控訴人に対し、民法七一五条に基づき、その損害を賠償する責任がある。

(5) ところで、被控訴人は、控訴人に対し、本件ワラント取引が開始された後、前記のとおり、本件ワラント取引案内や本件取引説明書等によって、ワラント取引について理解を得るように資料を送付しているが、これらはいずれも本件ワラント取引が開始された後であり、その開始に際してされた山添の説明が前記のとおり簡略で、その危険性について十分説明をせず、その後も、右説明書等に基づいて改めて詳細な説明をしたこともなかったのであるから、被控訴人において右のような説明書等を送付するのみでは、前記説明義務を履行したことにはならないというべきである。

(6) また、控訴人は、前記認定事実によれば、平成二年以降においては、ワラント取引がかなり危険なものであると認識し得る可能性があったといえるが、その際に山添に問い合わせたのに、同人が、前記のとおり不十分ないし不正確な説明をしたため、結局本件ワラント取引におけるワラント購入が終わる平成三年七月まで、その危険性について充分な認識を持つに至らなかったといえるから、本件ワラント取引は、いずれも前記説明義務に違反した勧誘に基づいて行われたものといえる。

4  損害額

(一) 差額の損害

前記認定によれば、控訴人は、山添の右不法行為により、本件ワラント取引を行い、そのために二億〇〇三三万四四三〇円の損失を受けたから、結局右不法行為により、同額の損害を被ったと認められる。

(二) 過失相殺

しかしながら、控訴人としても、証券取引を行う以上、前記のとおり、その決定は、基本的、究極的には投資家自身の責任において行うべきであり、少なくとも控訴人のできる範囲のことは当然行うべきものである。

控訴人は、山添から、ワラント取引を勧められた際に、その内容が十分分かっていないのに、同人を信頼する余り、儲かるからという説明以上にはその内容を確認しないで、転換社債のようなものと誤解し、同人からいわれるままに多数回にわたる本件ワラント取引を継続したものである。しかも、本件ワラント取引の早期から本件ワラント取引案内や本件取引説明書等が被控訴人から送付されていた(同書面等には、ワラントの意義、ワラントの価格とその変動、ワラント取引においては場合によっては投資金額の全額を失うことなどが説明されていた。)から、控訴人としては、これらを手がかりにして、証券投資関係の文献や資料などを調べたり、証券会社で詳しい説明を受けるなどして、自らワラントの内容等について正確な理解を得るように努力すべきであるのに、その書面等の内容を確認しないままに、ワラント取引を継続したものであって、そのために、前記のように多数回にわたり、多額の資金を本件ワラント取引に投入しながら、その危険性について認識し得なかったものである。また、本件ワラント取引においては、短期間にかなりの利益を上げているのであるから、その反面において多額の損失を被ることもあり得ることについても思い至るべきものであって、控訴人が当初希望していた安全でなるべく利回りのよいものという運用に合致するものであるかどうかをよく検討すべきものであったといえる。

このように、控訴人は、山添の判断に大きく依存し、投資家として果たすべき役割を十分行わなかったのであり、このことによって、証券会社のワラント取引勧誘に際しての注意義務が削滅ないし軽減されるとは直ちにいえないとしても、このような控訴人の投資態度が、損害を拡大させる要因となっていると考えられるから、これら本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、控訴人の損害額の五割を減ずるのが相当である。したがって、控訴人の損害額は、一億〇〇一六万七二一五円となる。

(三) 弁護士費用

本件訴訟追行の難易度等諸般の事情を考慮すれば、右不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては、五〇〇万円が相当である。

(四) 付帯請求について

ところで、付帯請求の起算日については、不法行為においてはその損害の発生日というべきところ、本件ワラント取引に関する不法行為はこれを一体として考えるのが相当であり、そのワラントの購入は平成三年七月二九日までであるが、その後ワラントの売却が継続し、最終的には、平成五年四月一四日までワラントが売却されている。そして、本件ワラントのすべての権利行使期間が経過して権利が失効したのは、平成七年六月一六日である。したがって、本件不法行為による損害が最終的に確定したのは、同日となる。しかしながら、証拠(乙第一、第三号証)及び弁論の全趣旨によれば、同日に権利が失効した八〇万円で購入したワラントを除けば、その余のワラントは平成六年二月までにすべて失効しているのであって、失効したのは前記平成五年四月一四日からは一年を経過しない時期であり、しかも平成五年四月一四日の後も処分されていない(売却できなかったと推認される。)ことが認められるから、同日には、その価値は実質的にはなかったというべきであり、少なくとも右八〇万円で購入したワラントを除くその余の未処分ワラントについては、同日にはワラント購入代金相当の損害が生じていたと認めることができる。したがって、同日には少なくとも一億円(控訴人が控訴審において請求している額)に相当する損害は発生していると解するのが相当である。

5  以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、不法行為に基づく損害賠償として、金一億円及びこれに対する平成五年四月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四  控訴人は、それ以外にも、被控訴人の債務不履行ないし不法行為に関する責任原因を主張しているが、いずれの主張においても、平成四年六月一日から平成五年四月一四日までの付帯請求部分を認容する理由とはなり得ないと解せられるから(控訴人が被控訴人に対し、平成四年五月一五日に本件ワラント取引による損害の賠償請求をしたことは当事者間に争いがないが、賠償請求の内容は明らかではなく、前記一億円の損害が右の平成四年五月一五日までに発生した分であると認め得る根拠はない。)、控訴人のその余の主張については判断しない。

五  結論

よって、控訴人の本件請求は損害賠償金一億円及びこれに対する平成五年四月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないからこれを棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について、同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官山﨑健二 裁判官彦坂孝孔)

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